2026年3月、楽天グループは独自の大規模言語モデル(LLM)「Rakuten AI 3.0」を公開しました。しかし、その後公開されたモデルの設定ファイルなどから、中国AI企業DeepSeekのオープンモデル「DeepSeek V3」をベースとしていることが判明し、大きな話題となりました。
SNSでは「なぜ国産AIなのに中国製AIを使ったのか」「ゼロから開発できなかったのか」といった声も見られました。
しかし、AI業界の現状を見ると、DeepSeekを採用したこと自体は決して珍しいことではありません。むしろ、技術的・経営的には合理的な判断だったと考えられます。
本記事では、楽天がDeepSeekを採用した理由について、AI業界全体の動向も踏まえて解説します。
理由1:DeepSeek V3は当時、世界最高水準のオープンソースLLMだった
最大の理由は、DeepSeek V3そのものの性能です。
2025年後半から2026年初頭にかけて、オープンウェイトLLMでは以下のモデルが世界トップクラスと評価されていました。
- DeepSeek V3
- Meta Llamaシリーズ
- Alibaba Qwenシリーズ
- Mistral Large
その中でもDeepSeek V3は、
- 推論性能
- 数学能力
- コーディング能力
- 英語・中国語性能
- 推論コスト
のバランスが非常に優れていました。
楽天も公式発表で「オープンソースコミュニティ上の最良なモデルを活用した」と説明しており、性能を重視してベースモデルを選択したことがうかがえます。
つまり、「中国製だから」ではなく、「当時もっとも優秀なオープンモデルの一つだったから」という見方が自然です。
理由2:ゼロから学習する莫大なコストを避けられる
LLMをゼロから開発するには、膨大な計算資源と費用が必要です。
数千億パラメータ級モデルを学習する場合、
- 数千~数万枚規模のGPU
- 数か月以上の学習期間
- 数十億~数百億円規模の投資
が必要になるケースもあります。
一方、既存の高性能モデルをベースにすれば、
- 日本語データの追加学習
- 指示チューニング
- 安全性の調整
- 独自評価
に開発リソースを集中できます。
現在のAI業界では、「ゼロから作る」よりも「優れた基盤モデルを活用して独自性を加える」という開発スタイルが主流になりつつあります。
理由3:日本語性能を短期間で向上できる
DeepSeek V3は英語や中国語だけでなく、多言語への拡張性が高いモデルです。
楽天は独自の日本語・英語データセットや研究成果を組み合わせ、日本市場向けに最適化したと説明しています。
これは現在、多くの企業が採用している開発手法です。
例えば、
- 医療AI
- 法律AI
- 金融AI
- 社内向けAI
なども、既存LLMをベースに専門分野の追加学習を行うことで、高い精度を実現しています。
理由4:MoEアーキテクチャのメリット
DeepSeek V3は、Mixture of Experts(MoE)と呼ばれる最新アーキテクチャを採用しています。
MoEでは、モデル全体を毎回動かすのではなく、質問内容に応じて必要な専門モジュール(Expert)だけを利用します。
その結果、
- 推論速度の向上
- GPUコストの削減
- 高性能と効率性の両立
が可能になります。
楽天AIも同様のMoE構成を採用しており、性能だけでなく運用コストの面でも魅力があったと考えられます。
理由5:オープンソース戦略との親和性
DeepSeek V3はオープンウェイトモデルとして公開されており、商用利用や改良が可能です。
そのため企業は、
- 独自データを追加する
- 安全性を改善する
- 日本語性能を強化する
- 自社ブランドとして公開する
といった開発がしやすくなります。
これはAI業界全体の潮流でもあります。
MetaのLlamaやAlibabaのQwenなども、多くの企業がベースモデルとして採用し、自社向けにカスタマイズしています。
楽天の選択も、この世界的なオープンソース活用の流れの中に位置づけることができます。
「中国製だから危険」という見方は適切か
今回の議論では、「中国製AIだから危険」という意見も見られました。
しかし、ここで区別すべきなのは「AIモデル」と「AIサービス」です。
例えば、
- 中国企業のクラウドAPIを利用する場合は、入力データの管理方法を慎重に確認する必要があります。
- 一方、オープンウェイトのモデルを自社サーバーで運用する場合は、データを自社環境内で管理でき、クラウドAPIとはリスクの性質が異なります。
つまり、評価すべきポイントは「中国製かどうか」だけではなく、
- データはどこへ送られるのか
- どこで推論が行われるのか
- ライセンスは適切に遵守されているか
- セキュリティ管理は十分か
といった運用面です。
本当の論点は「DeepSeekを採用したこと」ではなく「透明性」
技術者コミュニティで議論が広がった最大の理由は、DeepSeekを採用したこと自体ではありません。
公開当初、楽天はベースモデルについて明確に説明しておらず、その後Hugging Faceの設定ファイルなどからDeepSeek由来であることが判明しました。最終的に楽天はDeepSeekのオープンモデルを採用したことを認めています。
AI業界では他社のオープンモデルをベースに開発することは一般的です。そのため、多くの技術者は「最初から明示していれば、大きな問題にはならなかったのではないか」と指摘しています。
まとめ
楽天がDeepSeekを採用した理由を総合すると、最も合理的な説明は次の5点に集約できます。
- 世界最高水準の性能を持つオープンモデルだった
- 開発コストと期間を大幅に削減できる
- 日本語向けに効率よく最適化できる
- MoEによる高い性能と推論効率を実現できる
- オープンソース戦略と相性が良かった
つまり、楽天の判断は技術面・経営面から見れば十分に合理性があります。一方で、今回の騒動が示した教訓は、AI開発では性能だけでなく「どのモデルを基盤にし、どのような改良を加えたのか」を透明に説明することが、企業への信頼を維持するうえで欠かせないという点でしょう。

